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わらしべランド♪



スペインの印象


11月に遅い夏休みを取る事になり温かいスペインへ旅立つ事にしました。
以前からアルハンブラ宮殿は行ってみたかったのですが、何しろ治安が悪いのが有名な国。
マドリードのテロ後、スペイン軍はイラクから撤退。テロの面では今や安全な国なのが救い。


さて、関空からKLMオランダ航空で出発。座席はかなり狭い。
離陸して2時間と、着陸前2時間に食事。
その間にはカップヌードル(またはアイス)。
更に飲み物やら何やらブロイラー状態で12時間、アムステルダムへ到着です。
スキポール空港での入国審査。
「お休みですか、仕事ですか(日本語) (-_-メ)」
「Whhhh〜ほよ (=^ェ^;=)」
「観光ですか (-_-メ)」
「Yes,sightseeing. (=^ェ^;=)」
「はいどうぞ (-_-メ)」
「D〜Dank (=^ェ^;=)」
突然の上手な日本語攻撃にびっくり。日本語が出ませんでした。


さてここから再びオランダ航空でマドリッドへ2時間半。マドリードでは入国審査はありません。
到着後バスに乗るとさっそく現地ガイドさんが、「治安の悪さ」を色々説明します。統計的に中年のおばさんが一番被害に遭うと。
バスがホテルに着いても警備員が来るまでバスから出ないで下さいとのこと。
ついつい気が緩むここで、パスポートやら全財産を入れたバックを引ったくられるそうですな。


やってきましたマドリード

ヨーロッパの空は飛行機が次々と飛んでいきます。
 
ヨーロッパでは★★★★ホテルと言っても、サービス、アメニティは日本の三星程度かそれ以下。建てつけは悪い。エレベーターはガタガタと震動で壊れそう。水道は水量も温度調節も一苦労。
繊細さのかけらもありませんが、こんなもんだと思えばこんなもん。


ゴヤの裸のマヤ

着衣のマヤ

翌朝、プラド美術館へ一番乗り。がらがらな館内を有名な作品だけでもとひたすら歩いて、記念写真。あっという間に2時間経過。全体に宗教画と肖像画が多く、暗い感じの絵を暗く飾っている感じでした。
帰る頃には人が増えてきてチケット売り場にも列。
ちなみにプラド美術館の誇りは、「奪ってきた絵が一枚もないこと」だとか。


「ラス・メニーナス(女官たち)」(部分)(1656年)
ディエゴ・ベラスケスの作品です。ピカソがこの絵を題材にシリーズを書いています。

聖三位一体 Trinidad 1577-79年
エル・グレコの絵は時代を反映してか暗い絵が多い。

続いてゲルニカを見にソフィア王妃国立美術館に向います。
ナチスによって空爆された町ゲルニカ。被害者のほとんどが年寄りや女性や子供であった等々。
ゲルニカの話を聞きながら大きな絵を見ていると、自然に悲しくなってきます。不思議な感銘を受ける絵でした。


昼食を食べて午後はトレドに向います。
周囲の2/3を川に囲まれたトレド。ローマの時代から続く町。


サン・マルティン橋
14Cに再建修復されたものです。

トレドの歴史はローマ時代から。周囲の2/3をタホ川に囲まれた要害の地に建設されました。

カテドラル(大聖堂)の建物自体も立派。宝物の数々もすごいけれど記憶に残ったのは修復されなかったステンドグラスの話。
現在のステンドグラスのほとんどは内戦後に修復されたものだそうです。にもかかわらず修復されないままのガラスを残したそうです。自国民同士が殺しあった内戦の悲惨さを忘れない為に。



アルカーサル(要塞)
1936年の内戦時代に壊れたものを再建。

ここのカテドラルでは数々の歴史ある宝物が見られます。

迷子になったら勝手に動くな!!と言う(捜しに行くからそこに止まっていろですって)、まさしくトレドの迷路のような道。
くねくねと進んでサント・トメ教会へ。エル・グレコの「オルガス伯の埋葬」を見に行きます。
左から7人目の目が合う奴がエル・グレコだそうです。絵が移された経緯やら色々説明を聞くと面白いものです。
個人旅行ではのんびりできる反面、解説がない為わけもわからず何の感銘もないまま上っ面だけになってしまいがち。
トレドからの帰り、夕焼けがとても綺麗でした。


乾燥した気候のせいか夕焼けがとても綺麗でした。

パエリアではなくてパエジャ、セヴィリアではなくてセヴィージャ。

次の日、AVEでコルドバへ向います。
駅の売店で日本になさそうなスペインのお菓子を色々買います。1kgの堅い板チョコも仕入れました。売店のおじさんも英語は通じません。どうもスペインでは英語は通じない。英語が通じる所は日本語も通じる感じ。


スペンン高速鉄道AVE、アヴェ

色々な型があるようです。

発車後すぐに、売店へワインを買いに行きます。グラナダやらで見かけた他のツアーの現地ガイドさんが飲んでます。
「こちらは長いんですか (=^ェ^;=)」
「30年になりますね (^-^)」
「何でスペインにいついたんですか (=^ェ^;=)」
「のんびりしているでしょ。こちらの人は日本ほど収入がなくても、とても豊かに暮らしてますよね (^-^)」

わずか5日程の休日を取るのに四苦八苦の日本ってねぇ。


AVEの売店。
 

コルドヴアの旧市街(旧ユダヤ人街)は白壁がしゃれた町並みです。

コルドバに着くと暑い暑い。だって海の向こうはもうアフリカ。
白壁の町並みを進んでメスキータヘ。


メスキータの外壁と塔(アミナール)。

修理の時外された古い建材とか。

コルドバはかって後ウマイア朝時代(8C〜10C)人口100万人の大都市でした。
メスキータは1万人が集える歴史ある回教寺院の真ん中に、無理矢理キリスト教の聖堂を造ってしまったという代物。
人頭税さえ払えば異教の信仰も認めたイスラム教に比べると、中世のキリスト教は「改宗か死か」みたいな残忍なものでした。
後に国王は、「どこにでも造れるものを建てる為に、世界に一つしかないものを破壊してしまった。」と嘆いたそうですから、スペインの王室は異教のイスラム文化に対しても寛容な面を持っていたようです。
メスキータは薄暗い中で撮影に苦労し、印象が薄い建物になってしまいました。


オレンジのパティオ(中庭)にはオレンジと刈り込まれた糸杉が。その向こうがメスキータの礼拝所。高い所はその中心部に作られた聖堂。

モスクの内部
850本の円柱とアーチが作り出す不思議な空間が拡がります。


モスク中心部の天井装飾

柱には寄進者を示すの文字(家紋?)があります。


サン・ラファエルの勝利塔
メスキータの北側、グアダルキビール川の畔に建てられています。塔の向こうがローマ橋です。

ローマ時代にグアダルキビール川に架けられ、破壊と改修が繰り返されてきたローマ橋。右端は回教時代に要塞として建てられたカラオラの塔。


その後バスでグラナダへ向いますが、途中は荒地にオリーブ、オリーブ、オリーブ。延々と見渡す限りのオリーブ畑が続きます。
山もたいした草木がはえず貧しい土地です。色々な木々が生い茂る日本の山野の豊かさはありません。


グラナダのホテルに着いて風呂と夕食。その後町へ出てみます。
アルハンブラ宮殿のイメージとあのギターの調べから、のどかな田舎町を想像していた私達。
しかし道路には市バスが走り回り、乗用車、タクシーが排気ガスを撒き散らします。けたたましいバイクが次々と通り、田舎者の私達は
「と、都会だぁ (=^ェ^;=)」
とびっくり。

夜のカテドラル、???公園などを見てホテルに帰ります。


 *アルカサバ
アランブラ宮殿の城塞が朝陽で赤く染まります。
アルカサバは宮殿の中で最も古い城塞跡。

*カール5世宮殿
16Cにアランブラ宮殿を破壊して造ったそうです。資金不足で天井ドームは作られなかったそうです。

翌日朝早くアルハンブラ宮殿へ。
Hは発音しないので、アランブラが正しい発音とか。
宮殿に住み着いた猫の写真を撮っている人を
「グラナダまで猫を見にきたんじゃ、な♪い♪の♪」
と陽気なガイドさんが冷やかします。

朝陽を浴びた城壁が赤く染まり綺麗です。
中に入って色々説明が始まりますが、写真を撮るのに忙しい。のんびりしていると迷子になりそう。


 *アラヤネスの中庭
水面に映るのは朝陽を浴びるコマレスの塔。
塔の下は外国大使などの謁見に使われたコマレスの間です。

 *ダマスの塔
パルタル宮はアルハンブラでも一番古い方の宮殿らしい。池の側に立つダマスの塔は貴婦人の塔とも言われています。

じっくり見る間もなく次々と見て周りお外へ。
水に映える冬の離宮も綺麗ですが、庭園、夏の離宮へと歩きます。
歩いて歩いて、あっという間に2時間の見学終了。
もう一度ゆっくり見に来たいですね。


その後は、ツアー御用達の寄木細工のお店へ。次々と他の日本人ツァーの皆さんが御到着。それにしても皆さん買う買う買う。
ガイドさんもおこずかいゲットですな。
実に良くできたシステムです。


スペインの印象 その2 (ミハス・セヴィージャ・バルセロナ)



グラナダ(アルハンブラ宮殿)     スペインの基礎?知識?


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