
石城山の石城神社本殿
国指定重要文化財です。
「桁行5.54m、梁間2.85m。正面入母屋造り、背面切妻造り妻入り、こけら葺き、四囲に縁をめぐらせた春日造りの建物。社伝によると現在の本殿は1469年(文明1)に大内政弘が再建したものであるという。」
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北門跡
神籠石は日本古代の山城の遺跡。北九州と中国・四国に十二カ所あることが知られている。石城山神籠石は、ほぼ7世紀頃築城された山城跡。
遺跡は石城山の中腹の周囲の約 2.6qに列石を配列。版築と言う手法で土台の石の上に土を盛ってたたいて固めた。土塁の高さは数メートルあったと考えられています。永い歳月で石だけが残りました。
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北水門
谷間には石垣を築き、中央に水門がある。これらの形式は朝鮮式山城に似ているそうです。
明治時代に、山の上に神社があるこれらの場所は神々が籠られる聖域であると考え、列石は結界の石だと解釈。神の籠る石、神籠石(こうごいし)という名前をつけ、明治30年頃の学界に紹介されたのが混乱の始まりのようです。
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鷲原神社流鏑馬の馬場
津和野の鷲原神社の流鏑馬の馬場には"神籠石"が土塁の礎石として残っています。流鏑馬の馬場としては原型をとどめる貴重な史跡だそうです。 ここの礎石は石城山の半分位の大きさで、土塁の高さは1.5m程です。
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龍石
口を開けた龍の頭ということのようです。北門から北水門方向に100m程の所にあります。
ちなみに尻尾の龍尾石は西水門の少し上にあります。
こじつけっぽい感じがしますがどうでしょうか。
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石城山へは岩田駅方面からの道の方が広いです。駐車場からキャンプ場を抜け北門へは道が整備されています。
各水門は谷に配置されています。(下ります)
石城神社周囲はかって幕末長州の第二奇兵隊の本陣がありました。キャンプ場はかっての練兵場でした。
長州第二奇兵隊の悲劇
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